『育児室からの亡霊』

書評

書籍の概要

帯の「犯罪者になるかどうかは3歳までに決まる?」という言葉は、かなりインパクトがありますね。
けれども、本の内容はそんなに刺激的じゃないんです。赤ちゃんの頃の環境が脳の成長にどう影響するかを、科学の研究を基にわかりやすくまとめた本です。作者はRobin Karr-Morse(家族療法士)とMeredith S. Wiley(元検察官)。原著は1997年に初版(2013年に改訂版が出ました)、日本語訳は2000年に毎日新聞社から出版されています。

内容の詳細

本書には、妊娠中のママのストレス(DVやお酒の影響など)が、HPA軸(ストレスホルモンを調整するシステム)を通じてコルチゾールというホルモンを乱して、扁桃体(感情を扱う脳の部分)を敏感にしたり、前頭前野(衝動をコントロールする部分)を弱くしたりする可能性が紹介されています。さらに、セロトニン系(気分や衝動に関わる神経の仕組み)やエピジェネティクス(環境が遺伝子の働きを変えること)、MAOA遺伝子(衝動や攻撃に関わる「戦士遺伝子」)の研究にも触れられています。

犯罪の実際の例やfMRI(脳の活動を画像でみる技術)を使って、Perryの神経発達モデルやFelittiのACE研究(子どもの頃のつらい体験と健康のつながり)を参考に、早期の逆境と将来のリスクを説明しています。但し、主に観察に基づく研究なので、「決まる」と断定するわけではありません。

ここでいう観察研究とはいうのは、過去のデータや自然に起きている現象を観察してパターンを分析するものです。例えば、虐待を受けた子供の脳画像や犯罪記録を後から調べて関連を調べるタイプの研究が観察研究です。因果関係を「証明」するのは難しく、関連性を「示唆」しているということができます。

分析と解釈

本書が伝えたいのは、逆境が積み重なる影響を指摘しつつ、早い時期の脳発達がリスクを根づかせる可能性を強調するものです(但し、「蓄積」という言葉は原文に直接出てこないで、ACE研究を基にした解釈です)。帯の言葉は目を引くものではありますが、少し大げさかもしれません—。犯罪リスクを早期環境に過度に絞り込むことで、複雑な社会要因を単純化しすぎるため、読者が誤解を生む恐れがあるからです。

行動は一つの原因だけで起きるわけではありませんね。PerryやFelittiのような研究者たちの分析からも明らかなように、遺伝や脳の発達、家庭の環境に加えて、社会の仕組み、経済状況、人間関係、文化的な背景が絡み合います。

早い時期の環境は大事な層の一つとはいえますが、すべてを決めるものではありません。ですから、断定は避けたいことです。本書の研究を尊重しつつも、こうした多角的な視点からバランスを取るのが適切ではないかと思います。

視点本書の脳科学的整理構造的視点
起源0〜3歳の環境(虐待・ネグレクト)幼少期+社会的文脈(貧困・差別など)
メカニズムHPA軸、扁桃体、前頭前野、セロトニン系遺伝×環境×関係性×文化の多層構造
影響リスクの増加可能性可変・文脈依存、予防と調整の余地

研究の進化

読んだあと残るのは、怖さじゃなく「整えられる」という希望です。
影響はあるものの、固定化するものではありません。
本書は、子どもの頃の体験の重さと、「構造をどう見るか」を考えさせてくれます。30年近く経った古い本(1997年原著)ですから、今も研究は進化していることでしょう。では、どのように変貌を遂げているかを知りために、以下に最近の研究傾向をまとめてみました。

分野1997年頃の本書の焦点現在の進化 (2010年代〜2026年)
ACEs (逆境体験)早期虐待が暴力リスクを高める観察データ。長期追跡研究で、ACEsと精神疾患や身体病の関連が示唆されています。COVID影響で児童虐待の研究が増え、予防プログラム (トラウマインフォームドケア) が普及しつつあります。
エピジェネティクス環境が遺伝子を「オン」にする基本メカニズム。DNAメチル化の研究が進み、ACEsがFKBP5遺伝子などの変化に関連する可能性が議論されています。世代間伝播の証拠は増えていますが、ヒトでは慎重な解釈が必要です。
神経可塑性脳の早期ダメージが固定化。脳は生涯適応可能とされ、ポジティブ体験で再構築の可能性が示唆されています。fMRIでトラウマ回復の脳変化を研究しています。
暴力・行動リスク犯罪事例ベースの因果推測。多層モデル: 遺伝×環境×社会。介入研究でリスク低減の可能性が示唆され、回復力 (resilience) 構築プログラムが進展しています。

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妊娠・出産や子育てを考える際にも、「影響はあるが固定化されるものではない」という理解は重要です。

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東京飯田橋・麻布十番センター 

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